信頼できない聞き手(Unreliable listener)


From:

Stephen S. HANADA

Shinjuku, Tokyo

Sunday, 12:49 p.m.

親愛なる友人へ、

いかがお過ごしですか?

「ほら! この語り手は信頼できないんだよ!」

「この語り手は信頼できないから、何度も鑑賞した私の方を信頼して!」

「信頼できない語り手(Unreliable narrator)」を採用した作品について解説する記事や動画において、このような語りがしばしば見られます。しかし、その解説をする語り手は、本当に信頼できる聞き手なのでしょうか?

「信頼できない語り手」は、映画や小説などの作品の中で使われる有名な手法の一つで、叙述トリックとされます。私もこの「信頼できない語り手」が採用されている作品が好きで、例えば、「藪の中」、「ライ麦畑でつかまえて」、「ファイト・クラブ」、「ジョーカー」、「メメント」、「さよならを教えて」といったものが、すぐに挙げられます。

しかし、「この語り手は信頼できないから、聞き手である私の方を信頼しろ」という言説は、これもまた「信頼できない語り手」となりえます。

かつて話したように、噂を流布させる人は、どうにかして自分を信頼できる人であると聞き手に信じてもらうために、色々なことをやります。そのうちの1つが、「この人は信頼できない語り手である」と信じ込まさせる方法です。(†1)

これは古くから行われている手法で、そして、無意識的に再生産されてきたものです。その一つが飯降山(いふりやま)怪談です。内容をざっくりと話しましょう。

現在の福井市と大野市にまたがる飯降山のふもとの村は、当時はまだ5〜6軒しか家はありませんでした。ある日、3人の尼僧がやってきて、山ごもりの修行を始めました。尼僧たちが何をやっていたのか、村人たちは分かりませんでしたが、何か変わった宗教の信仰をしているのだろう、と思っていました。また、食料も取れない山なのに、長い間里へ降りてこなかったのも不気味に村人たちは思っていました。
そして、ある日、山から1人の尼僧がよろめきながら降りてきました。村人たちが尼僧に、何があったのか、食料もないのにこれまでどうしていたのか、と尋ねると、尼僧は次のように答えました。毎日ご飯の入ったお鉢が飛んできて、それで食料は得られましたが、3人で分け合うと物足りない量でした。何日か続いて、1人あたりの取り分を多くするために、もう1人と結託して、1人を殺しました。そしたら、次の日から、お鉢に入ってくるご飯の量が3分の2に、1人分の量が減っていて、取り分は増えませんでした。やっぱり物足りなくなって、もう1人を崖から突き落としました。これで独り占めと思ったのですが、お鉢に入っているご飯の量が一人分減るのではなく、もうお鉢が飛んでこなくなりました。そのため、降りてきたのです。どうか、ご飯を恵んでください、と。

以上が飯降山怪談の概要です。これに対して、この生き残った尼僧は信頼できない、この尼僧は実は他の2人を食べていたのではないか、飯降山怪談は実はカニバリズム譚ではないか、ということを伊集院光は指摘しました。

しかし、吉田悠軌は、伊集院の指摘するその信頼できなさは、語り手の尼僧だけではなく、聞き手の村人にも及ぶ、と指摘しています。飯降山の村では、無戒律主義の浄土真宗が信仰されていました。他方、鉢が飛んでくるという飛鉢伝説は密教系のもの、つまり、尼僧は密教系の修験者と見做されます。この話には、浄土真宗から密教への差別意識というのが根底にあります。尼僧の語ったことを、村人が語る、この聞き手であり語り手である村人には、差別意識がベースとしてあるため、信頼できなさがある、というわけです。

以上のように、信頼できない語り手について語る者(聞き手)もまた信頼できない、ということがあります。聞き手であった語り手にあるバイアスが、その語り手の相対的な信頼度を一時的に高めたり、さらなる伝播を促したりします。

これは、噂の場合と同様に、世界の探求・記述にとって障害となりえます。なので、なるべく意識的にバイアスやイデオロギーの存在を見つけなければなりません。

そのために必要なのが、テストです。そのテスト方法の一例をここで示します。

まず、その話の構造とモチーフを抽出し、類似したものを見つけましょう。例えば、飯降山怪談の場合、「食料の取れない場所に集団が行き、空から食料が降ってきて、それで生き延びる、しかし、一部の人が減り、最後に誰かがそれを言い伝える」という構造になっています。この構造やモチーフは、出エジプト記の一部と同じです。モーセ一行が荒野で飢えに苦しんでいた時、神への祈りが届き、天からマナが降ってきて、それで生存した、そして、旅の中でモーセ一行のうち何名かが命を落としてた、という話は同じ構造、同じモチーフでしょう。

類似した話を見つけたら、次は、類似した話に対して、元の話と同じ信念を抱くかどうかを考えます。上述の例をそのまま使えば、出エジプト記のマナに対して、カニバリズムを思い浮かべてみるのです。そんなことはないだろう、となったら、それはユダヤ系の宗教と密教との間に対する意識の違いや、西洋と東洋に対する偏見の違い、それらがあるはずと見受けられます。そして、自分の中の信念を生み出す別の信念に気づいたその上で、再度、元の話を見ましょう。すると、語り手・聞き手の裏にある信念・バイアス・イデオロギー・偏見が見えてくるのです。

抽象化し類似の事象を見つけ同じ信念が抱けるかをチェックし、再度、元の話を見る、このようなテストをして、世界の探求の障害を取り除くのです。

ここにおいて基礎体力として要求されるのは、類似の話を見つけるためのlatticework of theory、そして、複数のlatticeworkを行き来する・ジャンプする力です(†2)。この力は、世界を探求すること、自己を記述すること、といった、Deliberate Work、泥臭く、脳に汗をかくような仕事を通して、やっと身につくことができます。

バイアスやイデオロギー、また、自分を良く見せたい、自分に都合のいい状況にしたい、という思い、これらは様々なところに潜み、そして、世界の探求の障害となります。

その障害の排除のためには、テストをすることが求められます。そして、テストをするための基礎体力はどう身につけるか。自分の中にlatticework of theoryを作ること、そしてその間をジャンプすること、そして、自己を記述することを通して身につけるのです。

自己の記述のためには、鏡のようなクリアなものは必ずしも必要ではありません。泥に浸かり、泥の中でもがけば、自分の身体は自ずと明確になっていきます。

泥に入り、泥の中でもがき苦しみ、世界を探求する、これもまた自己を記述する力を養います。そして、それがまた、世界の探求をより良くするのです。

それでは、

青を心に。

Stephen S. Hanada

"Gentleman Philosopher"

†1: 記述する上で、また、Multi-Agentsによる世界の探求をする上で、噂が障害となることについて、過去「噂は、世界の敵です。」で述べております。

†2: latticework of theoryはマンガーの講演に由来するものです。もし詳細が気になりましたら、過去のNewsletter「もっと本を!」をご覧ください。

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