ビジネスにおける反-本質主義


From:

Stephen S. HANADA

Shinjuku, Tokyo

Sunday, 09:51 a.m.

親愛なる友人へ、

いかがお過ごしですか?

顧客はドリルを求めているわけではない。穴を求めているのだ」というフレーズはビジネスの場面で度々見かけます。しかし、この主張は字義通りに受け取ってはなりません。そして、

顧客の本質的課題など存在しない

、と私は考えます。

ドリルではなく、穴を。穴ではなく、電線を通す穴を。電線ではなく、計算機が動くことを。計算機が動くことではなく、仕事が楽になることを。……と、このように後退し続け、結局は、富・健康・関係のいずれかの課題に帰着します。しかし、それらの課題を解決する方法はドリルを売っているホームセンターでは取り扱われていませんし、ホームセンターで話すのはナンセンスです。さらに、富・健康・関係というのは、人が関わる市場における重要な課題やテーマではありますが、それらは人や市場において普遍的であるわけでもなく、通時的でもなく、そして偶有的です。だから、帰着したところの富・健康・関係もまた、顧客の本質的課題ではありません。(†1)

顧客の課題というのはすべて、特殊的であり、一時的であり、偶有的であるとも言えます(†2)。私達が事業や日常言語において語っている「本質」という語は「名目的な本質」でしかないです。顧客の課題の性質を見るよりもそれに関わる様子を見れば明白でしょう。「これが本質だ!」と言って、舌の根の乾かぬうちに、「こっちが本質だ!」とピボットする事例が、経営者、従業員、ユーザー、市場関係者、いずれにおいても見かけられます。

では、本質的課題について考えなくてもよいのか、となると、そうではありません。形而上学や存在論において存在しない、つまりは名目的なものしかないと言えたとしても、認識論の問題は残っています。

  • なぜビジネスマンは(名目的な)本質を求めているのか?
  • ビジネスマンは(名目的な)本質を用いて何をしているのか、そして、何をしたいのか?

このような認識論的な問いを立てることが可能です。そして、この問いへの私なりの回答があります。

不十分な状況から遠ざかるために、
制作物としてのモデルを求めており、
その制作物によってまた新たに不十分な状況に至るため

です(†3)。

事実として、ビジネスでDiscovery PhaseとDelivery(Development) Phaseがきれいに2つに別れ、前者から後者へのみの一方向にしか流れない、ということはありません。観察し、仮説を立て、提供した結果から仮説を立て直したり、提供する過程から仮説を立て直したりします。もし、Discovery Phaseで「本質」という単語が使われていたら、それは制作物としてのモデルを指しているでしょう。というのも、ビジネスでやっていることは、粘土から像を作り出すように、こねくり回し、目当てのものを探しながら作る様と同じだからです。

そして、商品やサービスはある状況から別の状況に移動させるもの、もしくは移動を促すものです。そして、商品やサービスを作るための名目的な本質もまた、何を提供するか分からない状況や不十分なものを提供している状況から遠ざかるためのものです。そして、新たな状況もまた不十分な状況ですから、そこから遠ざかることをします。

以上が、認識論的立場から考える、名目的な本質の存在理由と利用用途です。

名目的であり、漸近的ではなく遠ざかりゆくもの、と述べると誤解を招きかねませんので補足します。ここで私は責任放棄を意図していません。探求とも言える名目的な本質の途絶えることのないリモデリング・再制作は、commitment(関与)を含みます。commitするからには、異議や異論の存在を許容し、それらに対して反論やディフェンスをすること、つまり、議論をし、否定されたり肯定されたり変更したりすること、これらの責任を伴うものです。

私が今回のNewsletterで述べたかったことは何でしょうか? Yellow Legal Padと万年筆を使ってここまで書いてきて、改めて考えました。その結果を一つのフレーズにするなら、

ビジネスにおける反-本質主義

と言えるかもしれません。「本質」などという語に逃げず、不十分から遠ざかるリモデリングの連続、問いを立て直し続ける実践活動。これらがビジネスにおける反-本質主義の一側面と考えられます。

ビジネスにおける反-本質主義の実践のためには、真正の記述をし、「〜せずにはいられない」という真正の需要を明らかにする、という哲学にも似た営みが必要でしょう。また、組織においては、コンウェイが本来意図したように、組織を可変にしておき、組織の可変性を高めておくことも必要で、同様に、制作物(名目的な本質的課題やソフトウェアやサービス等)も可変かつ弾性が必要でしょう。

そして、ビジネスに限らず、学び、考え、アウトプットをする私やあなたは、「本質」というきれいな単語に惑わされず、知の発展・知の前進をしていくことが、そして、知の発展・知の前進をしやすくすることが、必要なのです。

それでは、

青を心に。

Stephen S. Hanada

"Gentleman Philosopher"

†1: もし仮に、ビジネスにおける永久不滅の本質的課題があるとするなら、それは「満足を得る」ことや「不安をなくす」ことでしょう。それらは倫理学の問題ですから、倫理学者に任せるべきものです。

†2: ただし、顧客の偶有的課題およびその課題を解決する偶有的方法、これらに内在する課題が偶有的であるとは限りません。

†3: クーンの科学観に近いものがあります。

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