データモデリングの哲学の可能性


From:

Stephen S. HANADA

Shinjuku, Tokyo

Sunday, 12:11 p.m.

親愛なる友人へ、

いかがお過ごしですか?

「経済学に科学的モデルはない!

予測もなければ説明もない!」

友人たちとの会話の中で、そのような話が出てきたことを私は記憶しています。

確かに、経済学者の語る予測が当たることも少ないですし、起きている事象の説明もあまり有効ではないように見受けられます。もちろん、経済活動というのは人間の信念や行動、そして、組織、行政、気候も関わりますから、予測も説明も困難かもしれません。しかし、科学的なモデルとして期待しているほどのものは提供されていない、と感じてしまうのは、一定の納得感があります。

しかし、それは経済学だけでしょうか? 物理学や生物学でも予測や説明に失敗することはあります。生物学で言えば、そもそもは記録がメインなところが多い学問です。そして、物理学でも、飛行機が飛べる現象や原理の説明も、結局は飛んでいることをそのまま記述し直しただけであり、説明とは言えないものでしょう。

何が科学で何が科学ではないのか、というのは科学哲学の議論に任せるとして、今回のNewsletterではモデルとはなんなのか、特に、ソフトウェアにおけるモデルがなにかを考えていきましょう。

そもそも、モデル全般に対して、予測や説明ができることを人間が期待している理由、そして、観察したものから捨象・抽象して得られるものを特権視している理由は何でしょうか? それは、人々が外界からやってくるもの、および、観察対象に対してロゴスがあり、そして、人はそのロゴスに即時にアクセス可能であるから、という形而上学的前提を置いているからだと私は推測しています。確かに、自然界には法則(ロゴス)があるように見え、私達人間はそれを前提に分類し、語ります。しかし、それは形而上学的前提であり、検証されることのない仮定です。

実際のところ、私達の扱う言語がそうであるように、モデルもまた使用者の感覚を鋭敏にするものであり、世界の捉え方の1つでしかない、というのが私の考えです。だから、経済学、物理学、生物学、いずれにおいても、期待しているような予測や説明が出来ないとしても、それは世界を記述しており、モデルを作っていると考えています。

「モデル」という言葉を人々は好んで使っています。ソフトウェア開発の領域でも「モデル」という言葉は頻繁に使われています。しかし、ドメインモデルやデータモデルは、科学的モデルとは大いに異なります。まず第一に、ソフトウェアにおけるモデルは、現実のものとは似ても似つかないことがほとんどで、現実の対象を指示することも少ないです。むしろ、似ていないものの方が良いモデルである場合すらあります。第二に、ソフトウェアのモデルは、予測や説明をしません。あくまでも「残」、やるべき責任を果たすために、そして、それが統率された仕方で行われつつも、状況や環境の変化に応じて容易に変化および対応することができるようになるために、間主観的な世界を記述したものです。

一般的な科学的モデルは、表象説に近く、現実的対象を代理推論するモデルに相当します。他方、ソフトウェア開発におけるモデルは、プラグマティカルで、特定の目的に応じてモードとメディアを組み合わせて作り出され、かつ、対象と独立して存在する人工物的なものです。

そして、ソフトウェア開発のモデルは、ただそれを用いてビジネスを行うのではなく、開発者やユーザーやステークホルダーの感覚を鋭敏にさせ、新たなモデルを作ったり、モデルを更新させたりするのです。

ここにおいて一つの可能性があります。それはデータモデリングの哲学、つまり、Philosophy of Data Modelling の可能性です。Computer Science、Technology、Science Modelling、これらについてはそれぞれ哲学としての領域があり、議論がなされています。しかし、それらの哲学が対象としている領域のいずれともつながっているData ModellingやSoftware Architectureについての哲学というのは、寡聞にして、存在は確立していないように思われます。

目的、モード、メディア、これらを組み合わせてモデルを作り、技術を用い、世界の記述と探求を行っているソフトウェア、そこにおけるモデルは、科学モデルの哲学からも、Computer Scienceの哲学からも、技術の哲学からも、あまり研究の対象として取り扱われていなかった可能性があります。ここに新規の研究の可能性があります。そして、Gentleman Philosopherとして、私はそこに興味を抱いています。

この可能性について考えるためにも、私は次の土曜日と日曜日に日本科学哲学会の年次大会に参加します。そのため、次回のNewsletterは12月2日(火)に送付予定です。

それでは、

青を心に。

Stephen S. Hanada

"Gentleman Philosopher"

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