怪談に見られるマーケティングの基本


From:

Stephen S. HANADA

Shinjuku, Tokyo

Sunday, 06:17 a.m.

親愛なる友人へ、

いかがお過ごしですか?

怪談やホラーといった幽霊に関わる話をあなたも聞いたことがあるでしょう。その中には、幽霊が人に取り憑くというものもあったでしょう。肩に乗ったり、足を引っ張ったり、という話は多いです。が、もっと深刻な話では、人の思考と行動が霊に支配される、というものもあります。

では、幽霊が人の思考や行動を支配する場合、幽霊はどこから人の体内に入り込むのでしょうか?

「霊は心臓の後ろ側から体内に入り込みます」

これは小林世征という霊能力者が、読者投稿に対して返答したもののうちの一節です。背中からなどのアバウトな用語を使わず、「心臓の後ろ側」とディティールを詰めた単語を用いているのは、流石の言語センスだと思いました。幽霊の存在など信じていない私が、なんとなく見ただけでも覚えてしまうほどの技巧を感じました。

…この一節をあなたに共有したいと思ったのは、怖いものや霊への対処法を教えたいからでは決してありません。むしろ、マーケティングの基本がここにあるからです。

小林氏の一節には、その前後においても、論理的な説明はありません。なぜ頭や肩や口や足ではなく、心臓の前からでもなく、心臓の後ろ側からなのか、また、対処方法として正面を向いていることを提示する根拠としているのに、前を向いていれば霊が後ろ側から入ってこないのはなぜか、これらの理由は説明されていませんし、文章から推論することもできません。ここにおいて、論理よりも、避けたい事柄と、その対処の詳細・ディティールが重要であることが分かります。

これはマーケティングでも基本でしょう。人には「手に入れたい」よりも「失いたくない」という欲求のほうが強くあります。だから、損失回避の法則は、プロダクトを開発する時に盛り込むべきです。

そして、その損失を回避する方法は、曖昧でもなく、明確でもなく、ディティールを詰めてユーザーに説明するべきです。

幽霊に取り憑かれたくないという損失回避と、心臓の後側から霊が入り込んでくるという詳細だが明確ではない説明、これらをきれいな一節に落とし込んだ小林氏の文章は、マーケティングやコピーライティングの教科書に載せてもよい一節でしょう。

この手の手法は、何も霊能力者の特権ではありません。

例えば、車でシートベルトの着用は義務化されています。その際に、どうプレゼンテーションされているでしょうか? シートベルトをつけていなければ、衝突時、頭がぶつかり首が折れ窓の外に放り出されます。それは運転手だけではなく、助手席も後部座席の人もすべてです。どんなに安全運転をしていても事故が発生する確率はなくなりません。その時に、怪我、下手すれば…ってことは起きてほしくないですよね。しかし、シートベルトをつけていればそんなことは生じません。と、こんな感じで説明がされます。この時、シートベルトの機構に関する説明は明確でなくてよいです。しかし、シートベルトの使い方は曖昧ではありません。

また、詐欺にも使われています。マルチ商法での被害事例から取り上げましょう。勧誘者はまず雑談を色々やります。「3,000万円あったらどうします?」という感じで。それに対して「ちょっと広めの家に引っ越して、犬を飼いますかね」と答えるとしましょう。そうすると、「ワンちゃんいいですよね〜。私も飼っているんですけれど、やっぱりワンちゃんと遊ぶには広い家と時間的余裕が必要ですもんね〜」と話を盛り上げます。そして、いざその商品を売りつける時に、この返答を使います。「このビジネスに参加すると、3,000万円が手に入るんですよ。参加のためには普段は300万円いただいているんですけれど、ちょうどノルマの時期で、今なら100万円でいいですよ。」「え?参加しないんですか? じゃあ広い家への引っ越しもワンちゃんも手放すことになっちゃいますよ?」…ここまで露骨ではないにせよ、手に入れた気にさせて、それを喪失してしまう危機を作り、その危機を回避する方法を提示しています。

これらは、性質や方向性は違えども、基本となっているものは一緒です。

損失回避とディティールは、マーケティングやコピーライティングの基本です。だから、強力であり、使われているところを見つけた時には眉唾をしなければなりません。

詐欺師ではなく、起業家や使命を持った人としては、無闇にこの手法を使うのではなく、むしろ、自分が価値を見出している人が、どういうものを失いたくないのかを考え、そして、損失回避とディティールのペアを十分に考えて提示するのがよいでしょう。

一節、その背後にある考え、それがどのような人をどう動かすか、その前提と仕組み、これらを理解し、分解し、再構築するのが、世界の探求者、知を前進するものの仕事の一つです。他方、一節をただ否定するのは愚か者のすることです。

これからも私は、世界に対して背を向けず、真理を見落とさないために、ペンと紙で記述を続けていきます。

それでは、

青を心に。

Stephen S. Hanada

"Gentleman Philosopher"

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