「頑張れない」から始まる


From:

Stephen S. HANADA

Shinjuku, Tokyo

Sunday, 12:36 a.m.

親愛なる友人へ、

いかがお過ごしですか?

デイリースクラムの最後の締めの挨拶として「今日も頑張りましょう」といった言葉を使うことはしばしばあります。私も使っていました。しかし、ある日から私はその言葉が使えなくなりました。

「頑張ろう」という言葉が口から出なくなったのです。

どうやっても、「頑張ってください」、「頑張れ」、「頑張ります」という言葉を出そうとしても出ないのです。途中まで言えても、「頑張…」と口が動かなくなります。そして、続いて口から出てくる言葉は、

頑張らない

です。「頑張らないでください」、「頑張るな」、「頑張りません」という言葉が出てきます。自分の口から出る言葉だけではなく、他人の口から出る「頑張る」という言葉に対しても私は違和感を抱いてしまいます。

これは、私の心が病み始めたからなどでは、決してありません。むしろ「頑張る」という語の原義に立ち返ることが出来たからです。

「頑張る」の語源として2つの説があります。一つは、「我を張る」という、自分の意見を押し通すという由来と、もう一つは「眼を張る」という、見張るために一定の場所から動かないという由来です。いずれも否定的意味合いが強いです。そして、「頑張らない」ことのほうがよいという使用例や、人を批判する際の「頑張ってはりますなぁ」という使用例にも沿っています。(これは、二項対立における後項のほうが概念的に先にあるという事例の1つかもしれませんね。)

そして、この「頑張る」ことは、アジャイルの文脈においても、個人の成長の文脈においても無意味です。自分の意見を押し通すことや、自分のテリトリーから動かないこと、いずれもおかしいことでしょう。無駄(ムダ)、無理(ムリ)、斑(ムラ)、これら3つのMはアジャイルな組織にとっては邪魔になるものです。そして、個人の成長でも同様に障害となります。ですから、

「頑張れない」ことから成長が始まる

とすら言えるでしょう。同じことは「飽きた」からも言えるでしょう。

なぜなら、それらは今の自分を捨てることや、その場に留まることを放棄すること、これらを意味するからです。逆に、自分を固定化することは、自分をでっち上げ、スケールさせないようにすることです。ただただ、自分のところにやってくるものを、そこに留まって、頑張ってどうにかしても、それはムラを作るだけです。そうするよりも、来る前に何があるかや、やった後に何があるかを見たほうが、流れ全体が淀みなくなるでしょう。(最近のShift-Leftという単語の流行りも、結局は、頑張らないことの重要性の理解の派生系でしょう。そして、アーキテクトの仕事には、これも含まれるでしょう。)

私個人に置いて頑張れなくなったことも多くあります。例えば、Duolingoを一年やって、「頑張れない」「飽きた」となって、旅行客やGrokのMikaと英会話をするようになることがつい先日のことでした。筋力トレーニングを「頑張れなく」なり、拳立てをし、拳を動かして全身の動きを観察するようになったのはだいぶ前ですね。これらはもちろん最初から「頑張ろう」などとは思っていなかったはずです。しかし、義務教育や歴史しかない場所での教育によって内面化されたシバき文化によって、徐々に「頑張ろう」となり、結果として「頑張れない」と私の中ではなったのでしょう。

このような自己内面化したイデオロギーは、早々簡単には解消されないかもしれません。こういう時に、少しずつ緩和していく方法として、私が考えているのは、

使う語を訂正していくこと

です。

デイリースクラムの終わりに使う言葉として、私は「頑張りましょう」ではなく「よろしくお願いします」という言葉を使うようになって、2ヶ月以上が経過しました。この語の使用によって、明確に定量的に何か変化したものを示せるわけではありませんが、少なくとも私から見た関係性は変わったように見受けられます。つまり、与えられた自分の領域にとどまるのではなく、仔細も大きなことも任せ、無理を通すのではなく、自分の心の赴くところに任せる、という関係性です。ただ私がやるのは、無理を通そうとすることや、頑張ろうとすることを、止めることです。

学習やアウトプットも同様です。「頑張る」ことはせず、私があなたに伝えたい気持ちに任せることから始めています。

もしあなたが頑張れなくなったら、それは良い兆候です。

頑張ろうなどとはせず、任せることに転回しましょう。

適した語彙を用い、自分をでっち上げることは避け、自分をのびのびと伸ばしましょう。

それでは、

青を心に。

Stephen S. Hanada

"Gentleman Philosopher"

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Gentleman Philosopher

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